家康公の『どうする?スポット』in岡崎市~その②三河三ヵ寺~

こんにちは!カズマです🐴

気づけばすっかり涼しくなり、何をするにも気持ちのいい季節になりましたね!
四季の移ろいもいいものですが、気候的に4月と10月の繰り返しだったら
どんなに過ごしやすいんだろうとよく思います。
常春🌸とか常秋🍁の国、どこかにないですかね…。

さて、今回は『どうする?スポット』第二弾として、今川氏からの独立後、
三河平定を目指す家康にとって大きな転機となった「三河一向一揆」に関わりが深い
「三河三ヵ寺」を紹介したいと思います!

三河一向一揆とは?

1563年から翌1564年にかけて、いまの岡崎市を中心とする西三河全域で起こった
一向一揆です。(当時は浄土真宗のことを一向宗と呼んでおり、その門徒の蜂起を
総じて一向一揆と言います)
後の三方原の戦い・伊賀越えと並んで、生涯における三大危機の一つと言われるほど、
家康にとっては大きな出来事でした。

規模もさることながら、家康を最も悩ませたのは一門や家臣にも多くの門徒がおり、
彼らが一揆側についてしまった事
です。
主家(松平)だけではなく、家臣の中でも二方に分かれた家があったり、
家康に対抗したい領主たちが信仰に関係なく混乱に乗じて一揆側に加勢したり…
もはやカオスです😨
若き家康には過酷すぎる状況で、きっと「どうする??」連発だったに違いありません😭

三河三ヵ寺(みかわさんかじ)とは?

「三河三ヵ寺」とは、西三河にある上宮寺(じょうぐうじ)、勝鬘寺(しょうまんじ)、
本證寺(ほんしょうじ)
という、浄土真宗の3つの寺院を指します。

家康が三河に戻る前の今川統治下まで、この三河三ヵ寺は守護不入の特権を認められており、
地域の流通経済も掌握するなど非常に大きな力を持っていました。
三河統一を目指す家康にとっては避けて通れない勢力であり、一向宗側も今までの領主より
強硬な姿勢を取る家康に対しては、強い不満がくすぶっていました😒
こうした状況下で、寺内で起こった双方のトラブル(諸説あり)から一揆に発展したと
言われています。

上宮寺(じょうぐうじ)

三河三ヵ寺は一揆鎮圧後も紆余曲折を経て、今なお浄土真宗の寺院として現存しています。
まずご紹介するのは、岡崎市上佐々木町にある「上宮寺」です。

三河一向一揆勃発のきっかけの一つとして、家康の家臣がこの上宮寺に押し入り、
強引に兵糧を徴収する
という狼藉をはたらいたため、
不入の特権を侵された諸寺が怒って蜂起した、という説があります。

この地域有数の大伽藍を誇っていましたが、1988年に焼失。
その後1996年に写真のような本堂が再建されました。
凄く現代的でもあり、いい意味で「日本のお寺」という感じがしないご本堂は必見です🕌

勝鬘寺(しょうまんじ)

続いて、岡崎市針崎町にある「勝鬘寺」をご紹介します。
ここでは数ヶ月の間、家康の有力家臣らが立てこもるなど一揆方の重要な拠点で、
大伽藍が焼失してしまうほどの大激戦の地となりました🔥

赦免以降、江戸時代には100を超える末寺を持つほどで、1734年に再建された本堂は
当時の権勢を感じさせるものがあります。今では境内に保育園が隣接していたり、
ヨガやお茶教室も開催されるなど、地域の方々にとって穏やかな憩いの場所になっています👨‍👩‍👧‍👦

本證寺(ほんしょうじ)

最後は岡崎のおとなり、安城市野寺町にある「本證寺」です。
多くの武士門徒を抱え、三河一向一揆では重要な拠点となりました。
1663年に再建されたご本堂はもちろん素晴らしいのですが、僕が気になったのは
鼓楼(ころう)と本堂周辺に広がる蓮池です!

まるで隅櫓とお掘のようで、お寺と知らなければお城があるのかな?と見紛うほど👀
調べてみると、300m四方を超える敷地に内外2重のお堀と土塁が張りめぐらされた
「城郭寺院(城郭伽藍)」と呼ばれる構造
になっていたとのこと。
なるほど、本当にほぼお城だったんですね…ここを拠点にされたとなると、
家康も相当苦労したのかな、と少し気の毒に感じました⚔️

境内は2015年には国指定の史跡に認定されています🗾
現在修復中ですが立派な鐘楼があったり、現在の境内の外にも昔の堀跡と思われる場所
(上図の濃い青部分)も残っており、見どころ満載です!

一揆の収束

これらの「三河三ヵ寺」を中心として半年ほど続いた一向一揆ですが、
疲弊した両者の和議をもって収束します。
ただ、家康は武装解除したところを狙い、寺院の破却、改宗・禁教を断行します😲
なんだかちょっとズルい感じも否めませんが、結果的に以降の三河平定へ
一気に傾いていくことになった
のです。

また、一向宗側についた家臣に関しては、寺院への厳しさとは真逆でほとんどの者の
帰参を許しています。
寛大すぎるようにも感じますが、この処遇で家臣団の信頼や結束は強まったようですし、
門徒の中には渡辺守綱や蜂屋貞次など、後に徳川十六神将と呼ばれ家臣団の中心を担う
人材も含まれていました。

家康のこの危機的状況での「どうする??」は、彼にとって最高の結果を生んだ、
ということが言えますね👏
この判断力とアメとムチは見習わなければ、と感じました😀

他にも三河一向一揆にまつわる寺院や史跡はたくさんありますが、今回はこの辺で👋
次回の『どうする?スポット』もお楽しみに✨

※三河三ヵ寺の位置関係はこの様な感じです!
橙:上宮寺 青:勝鬘寺 紫:本證寺 (赤い星:岡崎城)

[取材協力]
上宮寺様 勝鬘寺様 本證寺様 安城市教育委員会様 ありがとうございました!

[参考資料]
・KKロングセラーズ「徳川家康大全」小和田哲男著
・太子山 上宮寺Webサイト
・真宗大谷派 勝鬘寺 公式サイト
・安城市ホームページ

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「110号室 カズマ」のプロフィール

スピッツ、ミスチル、小室ファミリーとともに青春時代を過ごした昭和男。
趣味は史跡めぐり、スポーツ観戦、そして「馬」!
乗馬、馬の雑貨集め、一口馬主や引退馬支援まで、できることには一通り手を出しています。
ただし、話題の「ウ〇娘」には未だ踏み込む勇気がありません…


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